わたしは泣いていた。

熱狂の横浜スタジアムで。
氷室京介25周年ライブツアー、そのファイナル公演の夜。

さっきまで港を彩っていた鮮やかな花火は、もうない。
その代わり、激しい雷と叩きつける雨が、この瞬間の世界の全てを、くっきりと浮かび上がらせる。

ずぶ濡れになりながら、わたしは泣いていた。
たった一人きりで。
いや、実際には多くの人が泣いていたのかも知れない。
でも、彼とわたしの間には、何者もいないようだった。

だからわたしは、たった一人で泣いていたのだ。
2014年7月20日。横浜スタジアム。土砂降りのライブだった。

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氷室京介、ソロ活動25周年を記念した全国ツアー「25th Anniversary TOUR GREATEST ANTHOLOGY -NAKED-」が4ヶ月前から行われていた。
長いツアーの最終公演地、横浜スタジアム2days。わたしは初日と最終日のチケットを手にすることができた。

(もう少しで彼に会える、彼と同じ時間を過ごせる、彼と同じ場所にいられる)
そう、嬉しくてたまらない。

ところが、ツアー終盤の山口県周南会場。
そこで放った彼の一言が、わたしを、ファンを、大きく揺さぶる。

「氷室京介を卒業する」

その言葉の意図、その言葉の真意は何なのか、計り兼ねていた。

いや、本当はある程度予測はついていた。
でも、と必死で打ち消すわたしがいた。
最終公演まで、あと6日しかない。

(真実を確かめたい、何かの間違いだったと言って欲しい、この目でこの耳で、真実を確かめたい。確かめなければならない)

25th Anniversary TOUR GREATEST ANTHOLOGY -NAKED- 「final day-1」

ずっしりと重たい空。2014年7月19日。横浜スタジアム。

大きな不安と小さな望み。そんな気持ちが交錯する中、わたしはステージの前に立っていた。

「KING OF ROCK SHOW」、「NEO FASIO」、「OVER SOUL MATRIX」…過去のライブツアータイトルが、畳みかけるようにスクリーンに映し出される。彼の刻んできた時間が、映し出される。

彼が去ってしまう。
わたしが憧れ続けていた彼が去ってしまう。
20年以上追い続けた、私の愛してやまない偉大なミュージシャンが、この2日間で去ってしまう。

望みは、消えた。
予測は、確信に変わっていく。
でも、なぜ?
ライブ中も、涙があふれて止まらない。
氷室コールが鳴り止まない。

ステージの彼が、一瞬にして静寂な空間を作る。
アンコールに応える前、氷室京介の言葉で語り始める。

「俺は、俺なりに矜持があってさ。それはダウンしても必ず立つということ。ダサくても格好悪くてもいいから、必ず立つ、と。無様でも立ち上がれれば無様じゃなくて、それが生き様に変わる。ずっとそんな感じでやってきた」

7年ほど前から、右耳の不調と闘い続けてきたことを初めて知った。
利き耳である左耳でずっとカバーしてきたけれど、今はその左耳も、あるトーンが全く聞こえないという。
そんなこと全然気付かなかった。今日だって全然分からなかった。
だから(やめることを選ばないで欲しい)そう願った。

「25年間やってきたことを終わろうって話なんだけど、じめっとはしていない。俺は、俺なりに自分のできることを、ツアーの度にやってきた。多分、こんな人間をみんなが支持してくれるのは、真剣にやっているところが響いて、集まってくれているんだと思うんだよ」

「みんなの前でパフォーマンスさせてもらって、みんなの前に立たせてもらって、俺の人生パーフェクトだなと、本当に感謝している」

こみ上げてくるものを、抑えようとしているように映る。時折、ステージ後方に視線をやる彼。

(どこまでもプロフェッショナルで在り続ける彼の決断ならば、受け入れるべきなのかも知れない)

でも嫌だ。
嫌に決まっている。

25th Anniversary TOUR GREATEST ANTHOLOGY -NAKED-「final day-2」

2014年7月20日。天を切り裂く閃光が、大地を揺るがす雷鳴が、激しく襲いかかる土砂降りの横浜スタジアム。

避難を余儀なくされたわたしは、不安に押し潰されそうになる。

(アンコールに入っていたのに)
(大切なメッセージ、まだ聞いてないんだ)
友人に、そうLINEしていた。

会場から出されて、行き場を求めて彷徨う、行き先の見えない、混沌の中断時間。
階段も通路も人で溢れ酷く蒸し暑く、酷く不安だった。

(最後なのに)
(もう二度とない彼のライブが、このまま終わってしまったらどうしよう)

ストイックなまでに氷室京介であり続けた彼に、天は、神は、どれだけ試練を与えれば気が済むのだろう?

彼は前日のリハーサル時に胸を強打し、肋骨を骨折していた。
だが、そんなことは微塵も感じさせない。

だから、だからこそ、祈った。
彼の最後に相応しいステージであって欲しいと。
どうか、このまま終わることだけはさせないでください、そう願った。

1時間が経った。
スタジアムに人が戻り始める。
わたしは再び、彼のステージの前に立つことができた。

「ANGELは何百回も歌ってきたけど、最高の、命がけのANGELを贈りたいと思います」

降りしきる雨の中、氷室京介は自身のソロデビュー曲を歌い上げる。

「はだかの俺を見つめなよANGEL」の歌詞が、今の彼、そしてツアータイトル「NAKED」に繋がっていく。

(あなたのファンでいられて、本当に幸せでした。あなたと同じ時代を生きられて、本当によかった)

想いが込み上げてくる。
悲しい、とてつもなく、切ない。
だけど、でも、やっぱり最高に格好いい。

氷室コールが鳴り止まない。
わたしは覚悟を決める。
静寂の時、彼が語り始める。
一言も聴き逃さない。

「今日は本当に申し訳ない、プロとして。怪我をしていてこれ以上できないけれど、このリベンジをどこかで必ず、やらせて欲しいと思います。その時、こんな情けない人間をもう一回支えてくれる連中が集まってくれたら嬉しい」

わたしは泣いていた。
熱狂の横浜スタジアムで。

今夜が最後のライブにならなかった。
氷室京介最後のライブは、この場所ではなかった。
雷鳴、閃光、叩きつける雨…。まるで神の鉄槌のように感じていたけれど、それは「最後のステージはここではない」という、人知を超えた存在からの強烈なメッセージだったのかも知れない。

「LAST GIGSへの序章」

わたしは決めた。
氷室京介のリベンジ、与えられた最後のプレゼントをしっかり受け取ろうと。
彼の覚悟、彼の決断をリスペクトしようと。
悲しみに覆われて泣くのは、もうお終い。
最後のライブは、心から思いっきり楽しもう。
氷室京介に、心からの「ありがとう」を伝えよう。

2014年7月20日。
最後のライブとなるはずだった横浜スタジアム2daysは、「LAST GIGSへの序章」となった。
わたしは、その場所にいられた。それがとても嬉しい。

読んだくださって、本当にありがとうございました。
次回は、氷室京介「LAST GIGS」について書かせていただきたいと思います。
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