蜜蜂と遠雷。
2017年本屋大賞、第156回直木三十五賞とW受賞をされた恩田陸さんの小説です。

 

舞台は3年に一度の開催、芳ヶ江国際ピアノコンクール。
コンクールの初めから本選までを描かれた作品で、ピアノを弾くコンテスタント、審査員。
それぞれの想い、葛藤、悩みながらも音楽を通して成長・進化していく様子が細やかに書かれています。

 

そして何と言っても魅力は音楽が立体的に浮き出てくる表現です。
500ページもあるボリューム。

読んでいると、引き込まれて夢中になって止まらなくなるほどでした。
それでもコンテスタントが1次、2次、3次予選と進んでいく気持ちと同じように
緊張感も味わってみたくて
ゆっくりと丁寧に噛みしめながら読ませて頂きました。

 

本を読んでいる時の私は、読者ではなく、
コンクールの客席で演奏を聴いていた観客だったのだと思います。

 

コンテスタントの演奏をドキドキしながら
時に酔いしれながら聴いていたのだと思います。

それほどに情景が鮮やかで、
コンクールに向かう登場人物たちの緊張感、
葛藤の中で目指した音楽が伝わる作品、
私もそこで本当に聴いているかのような感覚でした。

 

今回はピアノコンクールに挑戦する主要人物4人の中の一人。
『風間塵』のピアノコンクールで奏でた曲と共に
あらすじ、感想を順に詳しくお届けしたいと思います。

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あらすじ『風間塵編』

風間塵はギフト?それとも災厄??

風間塵。16歳。
ヨーロッパを飛び回る養蜂家の息子。
家にピアノはない。

 

『芳ヶ江国際ピアノコンクール』の
書類選考落選者を対象にしたパリのオーディションに風間塵は来ていた。

審査員が目を奪われたのは真っ白な履歴書。
大抵なんらかのコンクールなどの受賞歴、音楽大学などが書かれているだけれど、
風間塵は「パリ国立高等音楽院特別聴講生」という記述のみ。

 

ところが何より審査員を驚かせたのは「師事した人」

 

『ユウジ・フォン=ホフマンに5歳より師事』

 

さらには推薦状付き!

数か月前にお亡くなりになり、世界中の音楽家に尊敬されていたホフマン氏。

 

オーディションで風間塵の演奏を聴いた審査員の一人三枝子は
「許せない。ホフマン先生に対するひどい冒瀆だ」
と怒りを露わにする。

 

そんな反応を予想していたかのように書かれたホフマン氏の推薦状

 

『皆さんに、カザマ・ジンをお贈りする
文字通り、彼は『ギフト』である。
(中略)

彼は劇薬なのだ。
中には彼を嫌悪し、憎悪し、拒絶する者もいるだろう。
しかし、それもまた彼の真実であり、彼を『体験』する者の中にある真実なのだ。

彼を本物の『ギフト』とするか、
それとも『災厄』にしてしまうかは、皆さん、いや、我々にかかっている』

 

彼は果たして『ギフト』なのか『災厄』なのか。
そんなこともこの物語の重要なキーワードになっている。

『風間塵』第1次予選

●バッハ「平均律 第1巻第1番ハ長調」
●モーツァルト「ピアノソナタ 第12番ヘ長調K332」第1楽章
●バラキレフ「イスラメイ」

 

聴きなれた有名曲、バッハとモーツァルト。
むしろ皆が聴きなれている曲を選曲するのも怖いもので…

そして超難曲と言われる「イスラメイ」
バラキレフが世界一難しいピアノ曲を目指して作ったと言われる曲。
演奏中に崩壊することも考えたら怖くて怖くて、挑む勇気がいる作品。

 

この曲の選曲は誰がしたのだろうか??
同じコンテスタントのマサルは考える。

 

師が選ぶ方が自然。
そう考えるならば確信犯だ!
この選曲に自信がたっぷりあるということである。

 

風間塵の演奏は、審査員に恐怖をもたらした。
心の奥の柔らかい部分、胸の奥の小部屋に触れてくる。

 

好きな音楽と素晴らしい音楽は違う。
仕事、商品として求められる音楽を提供することに慣れてくると
本当はどんな音楽が好きなのか言いにくくなる。

自分に満足できる演奏、
自分の理想とする演奏など決してできないということがわかってくる。

そんな風に胸の奥の小部屋に閉じ込めて忘れようとしていたものを
風間塵の演奏は、乱暴に扉を開け放つ。

 

ここに聴く人の反応の差が出てくる。
解放してくれたことを感謝する側、
プライベートなスペースにいきなり侵略してきて拒絶する側。

 

また、作曲家の想いをどれだけ正確に伝えるのか。
時代背景、個人的背景をイメージしていくことを大切にする風潮が今もある中、
自由な演奏、解釈はあまり歓迎されない。
それでも譜面を完璧なテクニックで再現する。

 

こういう風間塵の演奏が審査員を悩ませる。
賞賛側か拒絶側か。

 

審査は見事に割れる。

審査は○、△、×を点数化されたもので合計点で上位から選ばれる。
まんべんなく点数を集めたコンテスタントが残りやすい中、
風間塵は○か×かはっきり別れ、1次通過ギリギリのラインであった。

 

それでもオーディションでは怒りを露わにしていた審査員の三枝子が○をつける。

亡くなった師の後、誰に習っているのだろう。

養蜂家の息子、蜂蜜を取りながらピアニスト。
もしかしたらそういう音楽スタイルが受け入れられていくのかも…

 

興味深い!!!

とても興味深い!!!!!

そう思わせる1次予選の風間塵の演奏であった。

『風間塵』第二次予選


●ドビュッシー「12の練習曲・第1巻第1番 5本の指のための」
●バルトーク「ミクロコスモス第6巻より 6つのブルガリア舞曲」
●菱沼忠明「春と修羅」
●リスト「二つの伝説より小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ」
●ショパン「スケルツォ第3番嬰ハ短調」

 

1次予選の20分以内から40分の課題曲。
ここからグッとコンテスタントの選曲にも幅が出てきて面白くなる。

 

2次予選の見どころは何と言ってもオリジナル曲「春の修羅」
これを40分の中のプログラムのどこかにいれることになる。
宮沢賢治の詩をモチーフにしたもので無調の曲で9分という長さ。
他の曲と明らかに雰囲気が異なる曲を間に入れるより、
最初に持ってくるコンテスタントがこういう場合は多いが、風間塵は間に曲を挟んできた。

 

1曲目のドビュッシーの曲。
この曲には「ツェルニー氏に倣って」というサブタイトルがある。

ピアノ初心者でも知っているツェルニーの教本は有名である。
最初は幼い子供の習いたてのような音楽から始まる。
次第に力強くなって、後半はドビュッシーならではという鮮やかな曲になっていく。

 

2曲目のバルトーク。
1曲目に続き彼によく似合いそう。
うん。選びそう!とそんな風に思える。(私が(笑))

「ミクロコスモス」はリズム感が面白く、
変拍子、シンコペーション、スタッカートいろいろなバリエーションがある。
第6巻もジャズっぽく、気まぐれな感じ。
本にも子供が外で駆け回っているような野性的というのか、動物的な演奏とある。

 

その演奏は
面白い!!!
と審査員を思わせた。

このライブ感。即興なのか?と思わせる演奏。

ホフマン氏に師事していた審査員の一人、ナサニエルは思う。

 

このプログラムは彼が選んだものなのだろう。
だとしたら、音楽家に必要な天性の編集能力がある。
自己プロデュース能力と言ってもいい。

 

どうなりたいか?どう音楽家として見せたいか?
客観的視点を持っているものが生き残ることができるのだ。

 

プログラムを作っていく中で、他人の曲であり、知らない時代の曲であり、
自分の内面に引き寄せ、曲を介して、己の世界観を示さなければいけない。

 

彼はすでにそれがもうできているのだ。

 

そして3曲目の「春と修羅」
至ってシンプルに最初は展開される風間塵の演奏。
そこには日々の生活、当たり前にそこにあるもの、自然…

素直なアプローチから一転。
凍り付くような凶暴性を帯びたような敵意むき出しのカデンツァ。

風間塵は「修羅」を表現したのだ。
他のコンテスタントが美しいイメージを表現している中で彼は自然の猛威を表現する。

 

4曲目のリスト。
修羅とは正反対の小鳥のさえずり。
まるで小鳥と会話しているよう…おとぎ話のようだ。

そんな曲を修羅の後に演奏してしまう風間塵に審査員も驚く。

 

5曲目ショパン。
ショパンをどう弾くかというのは、その演奏者の方向性を示しているような気がする…
とコンテスタントであるマサルは期待する。

彼の演奏はトリッキーで楽しそうだ!

でも審査員はどう反応するのか。

彼の方向性が気に入らないのなら、落ちてしまうかもしれない…
そう思わせる演奏でもある。

 

「まさか彼が残るとは思わなかったな」
「少なくとも、次の演奏を聴いてみたいと思った人が増えたことは確かね」
審査員の間で交わされる会話。

 

風間塵の演奏に否定的だった審査員が少しずつ認めるようになってきている。

今否定している審査員もいずれ彼の音楽の魅力に屈するのだろうか。

『風間塵』第3次予選


●サティ「あなたがほしい」
●メンデルスゾーン「無言歌集より 春の歌」
●ブラームス「カプリッチョロ短調 Op.76-2 」
●ドビュッシー「版画」
●ラヴェル「鏡」
●ショパン「即興曲 第3番変ト長調」
●サン=サーンス・風間塵「アフリカ幻想曲Op.89」

 

コンクール中の滞在先は生花業をしながら活け花をされている父親の知り合いのお宅へ。
ピアノ環境があるわけでなく、そんなこともまた驚かされるところ。

3次予選を前に「活け花を教えて欲しい」という風間塵。

 

『自然界の中にあるものを切ったり折ったりして、それを生きているように見せることに矛盾を感じないか』と問う。

 

『一瞬も、一生も、美しく。
たぶん、一瞬というのは永遠なんだ。その逆もしかり。
最上の一瞬を作る瞬間は、活けている僕も最上の一瞬を生きていると実感できる』

 

活け花も音楽と似ているのだ。
ずっとこの世にとどめておくことはできないが、でもその一瞬は永遠だと。

 

では、音楽を狭いところから広いところへ連れ出すには??
これが風間塵が亡きホフマン先生と約束をしたこと。

 

1曲目のサティ。
優美なワルツからの2曲目のメンデルスゾーン「春の歌」
春の心地よい優しい雰囲気漂う曲だが、メロディラインを意識して心地よく聴かせることはまた難しいもの。
それでもあでやかに弾きこなし、3曲目のブラームス。
ブラームスが弾き終わったあと客席から戸惑いが広がる…

 

再び1曲目サティ「あなたがほしい」を弾き出したのである。

これはコンクールという場所で規定違反にならないだろうか…

 

そんな中でホフマンに師事していた審査員ナサニエルは気にせず聴いていた。
むしろどんなイメージで演奏しているのかそれを見極めることに集中していた。

ラヴェルが描いた風景を彼が描く。
その風景は大きくて観客をも景色の中に連れ込んでいく。

ラヴェルの華やかさを表現するのは難しくテクニックもいる。
そんな超絶技巧をもそんな風に感じさせない自然さ。

 

根こそぎ彼の風景に連れて行く…

 

ふとその先に亡きホフマン先生を見るナサニエル。
あなたが目指していたのは、彼に託したのはこれなのですか??

 

ラストの曲はサン=サーンス。
アフリカという土地に合うエキゾチックなメロディと小気味よいリズム。

気になるのは作曲者の欄にサン=サーンス・風間塵とあるところ。
編曲したのが本人ということになる。

アフリカの色彩、音、風景が客席の全体に迫ってくる様子。

 

審査員のナサニエルは混乱する。

審査員でもない
音楽家でもない
なんの属性もない自我の塊となり彼の演奏を聴いていることに。

 

演奏が終わったというのにピアノは鳴っていないのに、誰もが彼の音を聴いていた。

 

結果発表後の懇親会で
「彼の演奏に関して失格と言い出す審査員はひとりもいなかった」
それほどまでに彼の演奏に惹きこまれていったのだろう。

『風間塵』本選

●バルトーク「ピアノ協奏曲第3番」

 

バルトークって彼にピッタリだ。
予想のつかない変拍子と彼の持つナチュラルな感じが調和している。

選んだ理由も彼らしい。
他のコンテスタントとだぶらないだろうからと…

彼の演奏は大自然の中を歩いているようだ。

 

いろんな音楽が溢れているが、音楽は箱の中に閉じ込められている。
本当は昔は世界中が音楽で満ちていたのに。
だから元いた場所に返そうと先生と約束しているんだ。

 

これが彼をピアノに向かわせるモチベーションだったのだろうか。

 

コンクールが終わり審査員の会話ででてきたこと。
『ギフト』だったのか、『災厄』だったのか。

 

他のコンテスタントに影響を与えた風間塵。
『ギフト』であったということ。

どうコンテスタントに影響を与えたのかは次回、
より詳しくわかっていただけるだろう。

感想

風間塵の音楽、特にバルトークは彼なら弾きそう!
ピッタリだ!と思いながら読み進めていました。

コンクールで弾く曲1曲ずつが丁寧に書かれていて、
クラシック好きにはたまらない本(笑)、

また知らない方も、
この曲ってどんな曲なんだろう?
と興味を示される方もたくさんいるのではないでしょうか。

その曲を風間塵がどう弾いたのか。
それが見事に音が言葉になって、音楽としてしっかり伝わってきます。

リズム感と迫力、コンクールでの演奏を生で聴いているかのようにドキドキしながら読んでいたのですが、

それとは反対に、
ピアノを持たない、
あまり練習している様子のない風間塵には感情移入しにくい部分もありました(笑)

果たして本当にこのような環境であの超絶技巧は弾けるのだろうか…
というところは正直ありました(笑)

ほとんどの方が練習に練習を重ね、コンクールもドキドキし、
遅れてきてサッと弾いてしまうとか、
コンクール前に活け花とか(笑)、
現実にはいるかな??と思う部分はありました。

 

風間塵の『自由な演奏』こそ難しいことなのだと改めて考えてました。

音楽にはたくさんのお約束があります。

その中で自由を感じさせる演奏って。
風間塵の演奏に嫌悪感を持つ人もいて、それはこのお約束から外れているからであり…

 

その解釈もアリなのかな…と思うより、
理屈じゃなくって風間塵の演奏に持っていかれてしまう。
そんなところがとても気持ちいいなと思わせてくれました。

 

次回はかつて「天才少女」と呼ばれていた栄伝亜夜の音楽をお届けしたいと思います。

お読み頂きありがとうございました。

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