野村克也の本「野村ボヤキ語録」長嶋茂雄批判の裏に隠れた想いが深い

尊敬する人物・好きな人物 濃縮書籍レビュー 野村克也

【野村克也氏著書・「野村ボヤキ語録」レビュー ――記事の最後に点数をつけます^^】

日曜の午前中にTBS系列で「サンデーモーニング」というバラエティー番組がある。ここで毎週、プロ野球をはじめスポーツの出来事を振り返り、昭和の大打者である張本勲氏と元プロ野球の大物選手が登場して(2010年にお亡くなりになるまでは球界の「親分」こと、元日本ハム監督の大沢啓二氏が元気に登場されていた。タレントの大沢あかねさんの祖父にあたります)、プレーの映像をふりかえって、「喝!」とか「あっぱれ!」とか、勝手に 笑 評価をするコーナー「週刊ご意見番スポーツ」が有名だ。ここに我らがノムさんもかかわるエピソードがあるのだ。

2015年7月19日放送のこのコーナーで異変が起こった。ご意見番の張本さんから「喝!」がでなくなって「あっぱれ」ばかりになったのだ。張本さんはこの年の4月にキングカズことサッカーの三浦知良選手に「もうおやめなさい」と引退勧告までして物議をかもしており、7月12日の放送では、なでしこジャパンに「喝!」を入れ、「スポーツでは二番は意味がないんですよ」などとバッサリだったのに。。

この変化にノムさんの言葉があったのだ。7月13日の横浜―巨人戦のテレビ中継の副音声解説を担当したノムさんは、ショートゴロで全力で走らない阿部慎之助選手をみて、「阿部も張本になっちゃったな。(一塁まで)走らない」とため息。「ピッチャーゴロ打つだろ。一歩も走らない。ベンチに帰っちゃう。日曜に(「サンデーモーニング」で)“喝!”ってやってるだろ。お前にそんなこという権利あるか」「選手批判をする資格がない」と、阿部のプレーをきっかけに厳しく張本批判をしたのだ。張本さんが、突然「喝!自粛」をしたのを受け、視聴者からは、「張本を黙らせてくれた野村克也にあっぱれやわ!」の声もでていた。まちがいなく、ノムさんの言葉が届いたと思われる、野村克也の張本喝封じ伝説である。

私は一つ思い当たることがある。ノムさんは阪神監督時代にスター性も才能もある新庄剛志選手に楽しんでプレーすることで能力を開花させようと一番望んだポジションのピッチャーをさせたり信頼関係を築いた。しかし、ご意見番で張本さんはただの一回も新庄選手を褒めなかった。何をやっても「喝!」だったのだ。きっとノムさんはそういう理論もない悪意ある「判定」にカチンときていたこともあったのではないか? 私はそう思う。

 

ノムさんが大好きな「月見草パパ」です。今日はノムさんの著書『野村ボヤキ語録』の魅力の紹介の第3回。最後にマニアの私から本の点数をつけます。さあ、またノムさんワールドを楽しみましょう^^。

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(「その1」はここから)

 ノムさんこと野村克也氏は個性的だ。その個性が別の個性とぶつかるときにどんなことが起こるかは、いつも面白い。「野村ボヤキ語録」の紹介の第3回は、ノムさんが「強者」に勝つためにどう戦略をもって向かったかを書きたい。奥さんのサッチーこと、故・野村沙知代さんの言葉のとっておきの言葉も紹介したい。

●「あんなカンピューター野球に負けてたまるか」(ヤクルト 野村克也監督の「長嶋批判」) 「強者」とたたかう「嫌われ役」という戦略

 ノムさんは元巨人監督の長嶋茂雄とのエピソードが多い。どの著書でもほとんどでてくるいわばお約束だ。そしてここで盛り上がるのだ。まさにプロレスを見ているがごとく読者を引き込む。この本での長嶋茂雄との“対決”は、時々の「強者」に対する「弱者」の戦略としての言葉についてエピソードとともに語られている。

 

ここで刺激的な「長嶋批判」という項目がでてくる。長嶋は75年から80年にかけての巨人監督に続いて、92年から第二次の巨人監督に復帰した。このとき、ことあるごとに刺激的な長嶋批判を繰り返した。「あんな天性とひらめきだけに頼ったカンピューター野球に負けてたまるか」「あれだけの戦力を抱えていて勝てんのは何か問題があるんじゃないのか?」「長嶋は決断ができない」「審判はみんな巨人びいき」などなど。

 

そして語る。――ほぼ同年齢でライバル心は人一倍もっていた。こちらが貧乏育ちの高卒テスト生あがりなのに対して向こうは立教大学で東京六大学のホームラン記録を更新し、鳴り物入りで巨人に入団。その後も巨人の四番としてV9という偉業を達成したのに較べ、私はブルペンキャッチャーからなんとかはいあがり、ついには四番に座ることになったとはいえ、在籍していたのは不人気のパ・リーグ、しかも地元・大阪においてさえ阪神の陰に隠れざるをえない南海という貧乏チームだったこともあって、大きな脚光を浴びることは少なかった。日本シリーズでも巨人に四回挑戦して一度しか勝てなかった。はっきりいってコンプレックスがあった。加えて、天才型の長嶋と苦労型の自分では、野球に対する考え方やとりくみ方が正反対だといえた。「ひまわりと月見草」によく例えたが、だからこそ、長嶋には絶対に負けたくなかった――、と。

 

しかし、その先に注目した。「ただし、だからといって彼をうらやむことはあっても、憎んだり、うらんだりすることはまったくなかったし、ましてや人間性を否定したり、貶めようという気は毛頭なかった」「それならば、なぜ私は長嶋を刺激したのか」。それは当時、監督を務めていたヤクルトが巨人と同じ東京をホームタウンにしていたことから、長嶋批判をすることで多くのアンチ巨人ファンへのサービスになってプロ野球人気を高めようとしたこと、もう一つは対巨人戦略があったことを書いている。つまりメディアとファン、巨人に向けた“弱者の戦略”だったのだ。この本では、この先に読ませることを書いている。

 

ノムさんは戦略としてやった長嶋批判だったが、長嶋茂雄ご当人は普段は感情をあらわにせず、人の悪口や他チームの批判はしない人なのだが、「野村に負けるとハラがたつ」とノムさんにだけは本気でそう言って感情をあらわにしたといいうこと。以前は名球会で会っても「やあノムさん」と話しかけてきてくれたのにノムさんがヤクルト監督になってからはあいさつすらしてくれなくなってプイと横を向くらしい。

 

ノムさんの、「彼が私を意識してくれたことを知ってうれしく思ったし、同時に、先の目的すなわち相手の平常心を失わせるという狙いは充分成功したのだなとほくそえんだのも事実だったのである」という文章を読んで、表面的な長嶋批判の真意を知り、あっぱれと私も思わず声をあげた。「強者」である巨人に勝つには、少々「嫌われ役」になってでも戦略も戦術もフル動員したのだなと。

 

【「あんなカンピューターに負けてたまるか」「あれだけの戦力を抱えていて勝てんのは何か問題があるんじゃないのか?」。痛烈な“長嶋批判”は野村本のお約束 p196】

●「イチローの弱点はインハイだ。どんどんインハイを攻めろ」(ヤクルト 野村克也監督からマスコミに) 弱点なき強者に勝つ戦略と戦術

 90年からヤクルト監督に就任したノムさん。「野村ヤクルト」はヤクルトスワローズの黄金期をつくる。92年にセリーグ優勝、93年にはセリーグ連覇と日本一に。95年もセリーグ優勝。ここで対決した日本シリーズはイチローが大活躍していたオリックスだった。ここで、このシリーズを制するにはイチローを封じることと判断したノムさんの、マスコミをつかった壮大な「ささやき戦術」が成功し、野村ヤクルトはシリーズ4勝1敗で日本一をかちとる。

 

ノムさんはシーズン中からスコアラーをオリックスの試合に派遣してイチローの弱点をさぐる。しかし、繰り返しスコアラーからかえってくる答えは「お手上げです。弱点はありません」。事実、ノムさんからみてもイチローに弱点なしに見えた。そこででてくる。そう、「ささやき戦術」。

 

ここにはノムさんの長年の経験による理論も説明されるが、結論的にマスコミが「イチロー攻略」を聞いてくることはわかっているので、「イチローの弱点はインハイだ」「ヤクルトはイチローにインハイで攻めてくる」とマスコミにいっせいに報道させたのだ。スポーツ新聞など一斉に「ヤクルト イチロー攻略にインハイ」と見出しが目立つ。これはオリックスに、そしてイチローに伝わる。そしてシリーズ開始前からもう心理的にゆさぶりをかけたのだ。結果、イチローはインハイを意識した動きになり見事に封じられた。マスコミを使ったささやき作戦成功である。たいしたものだ。

 

【「イチローの弱点はインハイだ」。わざとマスコミに流して心理的にゆさぶりをかけることで敵なしといわれたイチローを見事封じて野村ヤクルトはオリックスに4勝1敗で日本一を勝ち取った p193】

●「なんとかなるわよ」(野村沙知代さんから野村克也氏へ) ひとことが人を救う

巻末のあとがきでは、ノムさんの人生の足どりが綴られる。77年の選手兼監督だった南海ホークスを解任されて、息子の克則さんも生まれていたもとで沙知代さんとともに沙知代さんの家があった東京にうつるとき、「はたしてこれからやっていけるのだろうか」とおののき、「これから何をして生きていこうか」と妻に問いかけたときに、「なんとかなるわよ」とあっけらかんといわれたと。「このひとことで、私はどれだけ救われ、勇気づけられたか」と。

 

そして、ロッテに拾われ、西武に移籍し、その後解説者などを努力してとりくむなかでヤクルトの監督の話がきて。ヤクルト黄金期を作ったのちに、阪神、楽天の監督の人生。いまもテレビではボヤキ解説が大人気だ。ノムさんはいう。「『なんとかなる』といっても、ただ無為に時間を過ごしているだけではどうにもならない。たとえ不遇な状況に置かれたとしても、決して腐らず、つねに人間を磨き、成長しようという気持ちで日々を送る」――そうしてはじめて、「見てくれている人」が引き上げてくれるのだと信じていると。

サッチーさんへの愛情と、その言葉に応えたノムさんは本当に仲がよかったのだなあとしみじみする。読後感よしです^^。

 

<文献データ>

『野村ボヤキ語録――人を変える言葉、人を動かす言葉』 2011年1月初版

【===月見草パパの採点=== 85点

ノムさんに「マイナス15点の意味を述べよ」と言われそうだが、指導者としても一大人としても得る内容が多いという私の肯定的な評価ということで。「確率でいうと3割打てたら名バッター。85点は大合格点ですがな」と答えようか。

(この本のレビューは終わり)

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