「いつも一緒 何をするにでも アイツだった
あんな日は もう二度と来ない様な気がして」

これは氷室京介がBOØWY時代に作った「CLOUDY HEART」という曲の一節。
長い月日を一緒に過ごし、ともに生きてきた恋人との終わりを歌った曲。
1985年にリリースされた作品で、わたしが氷室京介と出逢うきっかけとなった大切な曲でもあります。

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BOØWYのCLOUDY HEART

1988年、当時中学生だった夏の日のわたし。高校生の兄の部屋から流れていたBOØWYの音楽。それを聞くともなく聞いていたのですが、「CLOUDY HEART」が始まると、そのギターのイントロから一気に心奪われました。音楽との出逢いに、あれ程までに心が動かされたのは、もしかしたら最初で最後かも知れない…。そう思うくらい、わたしの中で強烈に鮮烈に、その感覚が刻まれています。

「誰が歌っているの?」
「何という曲?」

それがBOØWY、そして氷室京介との初めての出逢いでした。

まだまだ子どもだったわたしですが、そのメロディライン、その歌詞の世界に、心が震えたのでしょう。
聴き終わった時には、涙が頬を伝っていました。

その日から、わたしの世界がBOØWYと氷室京介に染まっていく。

「いつも一緒 何をするにでも二人だった
あんな日は もう二度と来ない様な気がして
CLOUDY HEART 傷つけてばかりだったけど
HONEST LOVE オマエだけを愛してた」

(CLOUDY HEARTって、曇った心っていう意味なんだ)
(HONEST LOVE って、素直な恋っていう意味なんだ)

初めて耳に目にする英語にドキドキしながら辞書を引いて、意味が分かると嬉しくて。ちょっと大人になったような気分で、授業中のノートの端っこに書いては想いを馳せていました。

その頃、既にBOØWYは解散していて。
もう存在しないミュージシャンに心惹かれながら、氷室京介のファーストアルバム「FLOWERS for ALGERNON」を聴きながら。

どこか不思議な感覚と、どうしようもできない切なさも一緒に味わっていました。解散してしまったバンド、終わってしまった恋。でも心は立ち止まったまま、立ち尽くしたまま。幻影と現実の狭間を行ったり来たりするような感じ、そのことをよく覚えています。

存在しないBOØWYと、そのBOØWYのメンバーの一人だった氷室京介。

思春期で揺れがちなわたしは、その「在り方」にもあやしい色気を感じていたのでしょう。
どちらも大好きなミュージシャンでした。

 

氷室京介の「CLOUDY HEART」

氷室京介ソロデビュー15周年記念、3年ぶりのライブツアー「KYOSUKE HIMURO TOUR 2003“HIGHER THAN HEAVEN”」の最終公演が、国立代々木競技場第一体育館で行われました。

氷室京介は1997年に日本を離れロサンゼルスに拠点を移します。楽曲セールス、観客動員数で他のミュージシャンを圧倒する中、それら全てをなげうって、彼のことを誰も知らない地へと、自ら飛び込んでいきます。以後ずっとその地で彼の音楽を追求し続けます。
「日本で、『スター様』になってしまうこと、周りが全て整えてくれる環境にいて、自分の立ち位置が分からなくなってしまうことが嫌だった」当時を振り返り、かつてインタビューでそう語っていた彼が印象的でした。

3年ぶりのライブツアーの最終日、2003年11月23日。国立代々木競技場第一体育館。

「いわゆるプロモーションをやらずに、ロサンゼルスで自分のペースで黙々とただ音楽を作っているだけなのに、こうやって集まってくれて…」と観客に語りかける彼。感極まり、こみ上げてくるものを堪えきれずに、ステージから傍に一度消えます。
再びステージに戻り、

「とにかく、すごく感謝しています」
「ずっと昔に作ったバラード、CLOUDY HEARTという曲を贈ります」

(CLOUDY HEARTを、歌ってくれる)
(大好きなCLOUDY HEARTを、目の前で歌ってくれる)

嬉しさと驚きで胸の鼓動が高まるのを隠せないわたし。

大歓声の中、ギターではなく、しっとりとしたピアノのイントロが鳴り始めます。キーボーディスト・斎藤有太氏による演奏。

「作り笑いが歪む 長い月日が終わる 胸にしみるのはイヤネ こりゃ何?
軽いはじまりだけど 割と長くなったし お体だけはどうぞ大事に…」

ステージの彼が、涙で歌えなくなる。

わたしたちは、彼の歌えない間を引き受けてステージを創り上げていく。

「そうネ終わりは あたり前の様にくるものだし しかたないゼ はしゃいでた あの日にサラバ」

代々木会場が、「CLOUDY HEART」の大合唱。彼に届く様に、大きく、でもとても温かな歌声で。

この日、「氷室京介のCLOUDY HEART」を初めて聞くことができました。

この日から、「氷室京介のCLOUDY HEART」になった、そんな風にも感じています。

あんな日は もう二度と来ない様な気がして

恋に恋していた幼い日のわたしが、それでも心ごと誰かを想い、胸を痛め、CLOUDY HEARTを聴いていました。

あの頃は「傷つけてばかりだったけど オマエだけを愛してた」
のフレーズが一番好きでした。

いくつもの恋を重ねてきて、今。

「いつも一緒 何をするにでもアイツだった
あんな日はもう二度と来ない様な気がして」

のフレーズが一番、心に染みます。

そういう日々が、わたしもあったから。
もしかしたら幼い日のわたしよりも、もっとずっと不器用な恋をしていたのかも知れません。

きっと、CLOUDY HEARTは多くの人のどこかの心象風景に触れるのでしょう。

だからこそ、少しも色褪せないし、違うところで心が動くのでしょう。

まだ聴いたことがない方にも、聴いていただきたい曲の一つです。

読んでくださって、本当にありがとうございました。
次回も、氷室京介の曲について書かせていただきたいと思います。
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