蜜蜂と遠雷
2017年本屋大賞、第156回直木三十五賞のW受賞された、恩田陸さんの小説。

500ページというボリュームも
それを感じさせないほどに
どんどん本の世界に引き込まれていってしまいます。

国際ピアノコンクールが物語の舞台になっています。
ひとりひとりの葛藤、想いが繊細に描かれていて、
それぞれが奏でる音も
目の前で聴いてるかのような感覚になる素敵な作品です。

 

今回は天才少女と幼い頃呼ばれていた【栄伝亜夜】の復活に焦点をあてたいと思います。

彼女の音楽にも詳しく触れながら成長していく様子をお届けしたいと思います。

 

蜜蜂王子【風間塵】編はこちらから

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あらすじ『栄伝亜夜編』

天才少女と呼ばれて

世界はこんなに音楽で溢れているのに
わざわざ私が音楽を付け加える必要があるの?

 

激しい雨が降る中で聞こえる。
雨の馬たち。
トタン屋根の上で雨が独特のリズムを刻んでいる。

 

燃え尽き症候群。
20歳過ぎればただの人。

 

そんな陰口も聞き飽きた。

次々と現れる天才少年、天才少女たち。

 

思春期を迎えた頃、
私だって友達のように青春したい!と
フェイドアウトする者
レッスンに嫌気がさす者
音楽性に伸び悩み消える者が大勢いるのだ。

 

亜夜もその一人。
賞も取り、CDデビューも。

パタリと辞めてしまったのは母親の死。
母を喜ばせたい!ためにピアノを弾いていた亜夜。
母の死でピアノを弾く理由がなくなってしまったのだ。

亜夜の出演するコンサートスケジュールは先までうまっていた。

 

母のいないコンサート。
もう音楽はない。
あたしにとっての音楽は消えた。

 

客席のざわめきも誰かの叫びも耳に入らない。
走って走って走った。

 

彼女は『消えた天才少女』となった。

 

とはいえ、音楽から離れたわけではなかった。
音楽を聴くのも好き、ピアノもそれなりに弾いていた。

有り余る音楽性が彼女の中に埋もれていたことに気づいていたのは、
母親ともう一人母親と親しかった音大の学長だった。

 

『栄伝亜夜』第一次予選

●バッハ「平均律 第一巻第五番ニ長調」
●ベートーヴェン「ピアノソナタ 第二十六番 告別 変ホ長調」第一楽章
●リスト「メフィスト・ワルツ第一番 村の居酒屋の踊り」

 

母親と親しかった学長の音大に通い、コンクールに数年ぶりに出ることになった亜夜。

コンクール当日の化粧室でふと耳にしてしまう、自分の噂…

 

小さいうちにデビューしてキャリアに繋がっている人ってあんまりいない気がする…
名子役が大人の役者になるのが難しい、みたいになんか壁があるのかも…
一次で落ちたりしてね…
またドタキャンしたりしてね…

 

世間の声をあまり気にしていなかった亜夜。
突然『世間』がなだれこんできたようだ。
でも、ダメだ!私は帰れない。

 

そんな中、風間塵の一次予選を聴く亜夜。

音楽の神様。神様はそこにいた。
ずっとずっと亜夜の頭に残る風間塵のピアノの音。

 

自分の幼い頃の光景、
これまでピアノと過ごしてきた時間、風景が
恐ろしいほどに次々と蘇ってくる。

 

風間塵。
とても楽しそうだった。
かつての私のように…

 

わたしはすっかり忘れていたのだ。
いや。忘れたのではない…
逃げたのだ。

 

これまで目を背けてきたこと。
神様と遊ぶには、
全てさらけ出し、
全身全霊をかけて遊ばなければいけないことを
どこか億劫に感じてたのだ。

 

私も弾きたい!
あの歓びを、もう一度弾きたい!!

一次予選。
彼女が弾きはじめた途端、会場全体が覚醒する。

 

(そろそろいい加減目を覚ませたい子がいるんだ)
と審査員であるナサニエルに
亜夜の母と親しくしていた音大の学長は言っていた。

 

誰とは聞いてないなかったけれど演奏を聴いてピンとくる。
『もう覚醒しているじゃないか』

 

際立って成熟している。
無邪気な子供の間に大人が紛れ込んでいるようだ。
『本格的な』音楽。

 

2曲目ベートーヴェンのソナタには興味深い解釈もみられ、
確固たる自分の音楽をすでに持っていると
審査員に思わせるような演奏だった。

 

3曲目メフィスト・ワルツ。
もはや、亜夜に対して悪意も好奇心もなく、
純粋に観客は音楽を聴きいっていた。

栄伝亜夜の音楽を。

 

あたしはなんのために弾いたのだろう。

 

常に冷静に音楽を聴いてる自分がいて、
いつも高みから見下ろしていて、
自分ではない自分がいた。

でもさっきの衝動はなんだったのだろう。
あんな感情が自分にあったなんて知らなかった。

風間塵が、あの子の音楽が引き出してくれたんだ!

 

これをまた味わいたいだろうか?
冷静な自分が、淡々と尋ねてくる。

 

わからない…
だけど…
楽しかった!!

 

『栄伝亜夜』第二次予選

●ラフマニノフ「絵画的練習曲 音の絵Op.39-5  アパッショナート変ホ長調」
●リスト「超絶技巧練習曲 第五曲 鬼火」
●菱沼忠明「春と修羅」
●ラヴェル「ソナチネ」
●メンデルスゾーン「厳格なる変奏曲」

 

一曲目、ラフマニノフ「音の絵」

同じコンテスタント明石が聴きながら思う。

 

プロとアマの音の違いは、そこに含まれる情報量の差だと。

彼女の一音一音にぎっしりと哲学や世界観のようなものが詰め込まれ、
なおかつみずみずしい演奏。

 

二曲目、リスト「鬼火」

 

難曲揃いの「超絶技巧練習曲」でも難易度が圧倒的に高いのが「鬼火」
ゆらゆら揺れる曲が、タイトルから感じられるイメージとは少し違う。
難しい曲は、速さだけでなくこの曲のような繊細さも要求されるもの。
(32分音符、半音ばかりの楽譜を見ただけで閉じたくもなりそう(笑))

 

一曲目のダイナミックな演奏から、二曲目の繊細な演奏への展開。

三曲目は全てのコンテスタントの弾くオリジナル課題曲「春と修羅」

 

風間塵の「修羅」を描いた演奏は衝撃だった。
亜夜の弾く「春の修羅」は…

 

おおらかでどっしりとしていて、
なんともいえぬ安心感。

 

母なる大地。

 

あの凄まじい風間塵の「修羅」
自然が繰り返す殺戮、暴力それをも飲み込んでしまう大地を描いていた。

 

ラヴェルの三楽章からなるソナチネを丁寧に弾き、
ラストのメンデルスゾーンはドラマティックに。

 

ドラマティックぶる演奏者、背伸び、演技する演奏者はいるけれど、
真に曲そのものを語らせ
ドラマティックに演奏できる人はあまりいない。

弾き終わった後はやまない拍手とスタンディングオベーションだった。

 

『栄伝亜夜』第三次予選

●ショパン「バラード第一番ト短調Op.23」
●シューマン「ノヴェレッテンOp.21 第二番ニ長調」
●ブラームス「ピアノ・ソナタ第三番へ短調Op.5」
●ドビュッシー「喜びの島」

 

幾度この場所に立っただろう。

あの明るい場所に出ていくまで、ここに立てることの意味を、歓びを、畏れを、全身で味わっていたい。
初めて「畏れ」を感じている亜夜。
あの時感じた気持ちと同じだと思い出す。

 

世界が、自分の知らない
とてつもなく美しいものに満ちていると気づいた瞬間、
あまりに自分がちっぽけだと感じた畏れ。

 

このちっぽけさを感じていたのに、音楽をわかっているといううぬぼれが肥大していただけだった…
自分の馬鹿さ加減が嫌になる。

 

あたしはまだ間に合うだろうか?
間に合うも間に合わないも、まだ何もやっていない。

 

あたしの音楽がようやく始まるのだ。

 

一曲目ショパンバラード。

亜夜は「さみしさ」を表現する。
誰もが持っている逃れられない感情を。

 

長い歳月から見れば一瞬にしか思えぬ人生。
その人生の中でピアノに出会い今、聴いてもらっている。

 

この一瞬、音の一粒一粒が、今居合わせた人に届く。
これがどれほどの奇跡か。

 

あたしは今、畏れ、怯え、おののいているけれど、
嬉しくてたまらない。
愛しくてたまらない。

 

そんな複雑な感情を味わいながらも冷静な亜夜。
 
二曲目のシューマン「ノヴェレッテン」

短編小説の意味だが、シューマンは「冒険物語集」と呼んでいたといわれる。
二番は弾きごたえもあり、華やかな曲でもある。

明るい曲で泣ける曲というわけでないのに、観客が泣いている。
バラードの余韻、それがあふれ出てきたのだろう。
ノヴェレッテンで泣かせてしまうなんて。

 
ブラームス。
どんなに天才だろうと、人間としての成熟を経ない限り弾けないと思っていた審査員のナサニエル。
 
天才少女の復活劇。
 
彼女の指から生まれる一音一音の全てが深く意味ある音。
曲のすみずみまで彼女が息づいているのに、ブラームスの曲である。
音楽とは不思議なものだ。

 

ラストのドビュッシー「喜びの島」
この曲のタイトルにもあるように、
亜夜自身が喜びに溢れていた。

 

音楽家としての喜びが伝わり、
観客にもじゅうぶん伝わっていた。

 

そして前回書いた風間塵が「ギフト」であった理由はここにもある。

 

コンクール中に進化し花開く者たち。

風間塵が爆発させているのは、彼自身が起爆剤となり
他の才能、それはただ上手いだけの演奏でなく、真に個性的な才能を開花させることだったのだ。

それこそがホフマンが仕掛けた爆弾だったのである。
素晴らしい「ギフト」、たくさんの「ギフト」がここにある。

 

『栄伝亜夜』本選

 

●プロコフィエフ「ピアノ協奏曲第二番」

 
あの日から。
ステージから逃げたあの日、その時の曲を弾く亜夜。
あの時のあたしをやり直そうとしているんだ。
あたしの音楽。

 

それはずっとあったもの。
気づけなかっただけのこと。

 

感想

今回は亜夜に焦点をあてて書いたのですが、魅力的な登場人物の中で一番このコンクールで著しい成長をしたのが亜夜だと思います。

最初の方、実は私はあまり共感できませんでした(笑)

天才少女の悩みわからず(笑)

それでも、天才少女とか神童と呼ばれ、小さい頃に輝かしかった子が今は?の現実は見てきた部分もありましたので、そのあたりはあるある!と読み進めていました。

さらに共感しにくかったのは、世間のプレッシャーをあまり感じていなかった部分。
それでもそんなホンワカな亜夜の性格も好きなところですが(笑)

ところが風間塵の音をコンクールで聴きながら、自分の奥深くにあるものが少しずつ湧き出てきて、葛藤していく様子、そのあたりからどんどん引き込まれていきました。

自分が傲慢だったのかと気づくところも好きです。

あらすじでは触れてないのですが
二次予選を前に亜夜のそんな心情がよく表れている文があります。

自分は音楽をやっている、人よりも深く理解できている、と心のどこかで自惚れ、周囲を見下していたこと。才能がない、二十歳すぎればただの人、などと呼ばれるのを心の底では深く恐怖していたこと。

「蜜蜂と遠雷 259ページより」

ここからラストに向け自分と向き合い、自分に問いかけながら、コンクールに挑戦していく姿がグッときます。
国際コンクールという場でありながら、常に向き合うべきは自分であり、自分はどんな音楽を奏でたいかに集中できる亜夜でした。
なかなかそんなわけにはいきません(笑)

誰かが弾く音楽が気になったり、いろんな不安で自分に集中できなかったり。
そんな次元を飛び越して常に自分の音楽を探し求める姿が、最初のホンワカしていた印象から、意志ある女性に自分のイメージも変わっていきました。

そしてこちらもあらすじには触れていませんが私の中の亜夜の名言!

あたしはこうする。こうしたい。こんなこともできる。
ああ、こんなふうにやっていいんだ。
呼吸するように当たり前に、音楽を作ってもいいんだ。

「蜜蜂と遠雷 473ページより」

とてもシンプルなのですが、私には亜夜の言葉で一番刺さった言葉です。
今まで自然にやっていたこと。
簡単なことの中に大事にしたい答えが詰まっているようで、私自身が大切なことを気づかせてもらった場面でした。

最初はどうかな?そうかな?みたいな亜夜が
ラストに向けて力強くこう弾きたい!と思う気持ち。
そしてそれがとても楽しそうで。

ホンワカしてそうで、そうでないのはやはり演奏、選曲から感じられるものだと思います。
重厚感あるもの、成熟している、そんな言葉が後半になるほどピッタリ自分の中で重なっていくようでした。

後半はどっぷりと亜夜の気持ちに浸っている自分がいましたね(笑)

次回は私が一番共感した人物(笑)
高島明石についてお届けしたいと思います。

お読み頂きありがとうございました。

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