毎日子育てをしていると、特にイヤイヤ期って「逃げたい!!」「1日で良いから、この状況から逃れたい!!」って思うこと、ありませんか?
でも、そう思って、家事をちょっと手抜きしてみたり、誰かに子供を見てもらって数時間リフレッシュに出かけてみたりしても、
確かに、その一時、少しは気が楽になるのだけれど、結局、あっという間に元通り。
何も変わらなかったりしますよね。
場合によっては、気持ちが楽になるどころか、休憩したのに頑張れない私ダメだ・・・みたいな、更なる自己嫌悪に陥ったりして。
私も、息子がイヤイヤ期のど真ん中にいた当時、何度、心の中で「誰か助けて」と叫びたいと思ったか。
そういう時期は抜け出せたと思える今でも、その頃のことを思い出すと、どうしようもない孤独感に、心が締め付けられるようで、2度と戻りたくないと思ってしまいます。
当時の写真を見返すと、息子はまだ赤ちゃんっぽさも抜けなくて、親バカながら、本当に可愛らしくて。
動画を見返せば、その、たどたどしい日本語で一生懸命伝えようとしている姿に、つい微笑んでしまうのに。
でも!! 「絶対に、あの頃には戻りたくない!!」
そう思います。それくらい、しんどかったんだと思います。
旦那さんが早く帰ってきてくれる友人が羨ましかったし、実家が近くて、ご両親の手が借りられる友人が羨ましかった。
手伝いに来てくれている友人のお母さんの姿を見かけるたびに、寂しい気持ちと孤独感が込み上げてくるのです。
それでも、なんとか1日1日を乗り越えていくうちに、少しずつ子供は成長し、私の心にも、息子の可愛さや幸せを噛みしめられるゆとりのようなものが、本当に少しずつ少しずつだったけれど、うまれました。
子育てでノイローゼ気味になった経験のある友人が言ってました。
子育ては大変なこと9割、幸せなこと1割だって。
でも、その1割がとてつもないパワーを持っているんだって。
私もそう感じます。
その割合は、人それぞれかもしれないけど、少なくとも子供が小さいうちは、大変なことのほうが多いのではないかと思います。
けれど、最初はたった1割かもしれない「幸せ」を感じられる時間も、ちょっとした工夫で増やすことができるかもしれない。
心に少しゆとりが作れたら、感じられる幸せが増えて、さらに、心に少しのゆとりを生んでくれる。
そして、そのゆとりが、今まで見えなかった幸せを、見つけさせてくれる。
そういう循環が作ることができたら、今の苦しさから、少し抜け出せるかもしれない。
そんな気がしませんか?
当時の私は、そういう考えに至るまでに、ずいぶん時間がかかったし、苦しい日々を過ごしました。
でも、何かきっかけがあれば、そのしんどかった部分をショートカットできると思うんです。
だから、そのひとつのきっかけとして、今日は、私が、少しずつ心のゆとりと幸せな時間を増やす循環をスタートさせるために、どんなことから始めていったのか、綴ってみようと思います。
こんにちは。学びママです。連日連夜の子育て、いつも本当にお疲れさまです!!
さて、今日は、私が子育て暗黒期を乗り越えた方法、そして現在の奮闘記を余すところなくお伝えしていくシリーズ「あきらめ子育て論」第23回です。
前回に引き続き、今日も、正しく「あきらめる」ことで、子育てがちょっと楽になった、そんな私の体験談をお届けしていきますね。
◆「あきらめ子育て」って何ぞや?と思われた方は
→《子育てがしんどい時期はいつまで?心が楽になる【あきらめ子育て論】》
1.あの頃考えていたこと
いくら先輩ママ達から、「今だけ。」「そのうち楽になる。」って言われても、ゴールの見えないトンネルは果てしなく長く・・・
周囲には、可愛いワガママに見えるらしい我が子の様子は、本当はそうじゃないって分かっていても、
その瞬間は、まるで、自分に何か恨みでもあって、困らせたいのではないかと思えるほどで・・・。
そんな時期の真っただ中にあった私が、よく考えていたことは、
どうしたら、楽になれるのか?
ということと、
どうしたら、子育てが楽しくなるのか?
ということでした。
(一見楽しくなさそうなものであっても、)いかに楽しくするのか?ということを考えることは、わりと私の得意とするところだと思っていました。
でも、そんな風に考える余裕もないほど、当時の私は疲弊していたんです。
そんな私が、子育てに対して、「楽」や「楽しい」を見出そうという考え方ができるようになったのは、しんどさのピークを少し過ぎてからのことでした。
だけど、もし、あのしんどくて、どうしようもなかった時期に、こんな風に考えられるきっかけがあったら、もしかしたら、もう少し楽に子育てに向き合えていたかもしれない。
だからこそ、今日は、この場で、書いていきます。
育児中の心が少し楽になる方法については、過去記事でも何度か取り上げてきたので、以下の記事も参考にしてみてくださいね^^
【参考になりそうな記事はコチラ】
●「子育てがしんどい時期はいつまで?心が楽になる【あきらめ子育て論】」
2.他のことは・・・
まず、心のゆとりが生まれるきっかけとなった変化は、他のことを諦めようと思えたことでした。
それまでの私は、仕事のことも家事のことも、諦めたくなかったのです。
実際に、育児と両立させている人がいるのだから、私にその両立ができないのだとしたら、それは私の問題だ。
そんな風に考えていました。
どれもこれも、頑張れる自分でありたいと心のどこかで、自分を過大評価していたのかもしれません。
そこに欠けていたのは、「優先順位はどうなのか?」という考え方でした。
仕事のことや家事をしっかりこなそうとするあまり、息子が寝てくれないことが本当にストレスでした。
その上、あれもイヤこれもイヤと愚図られた時には、もはや発狂寸前のような心境になったことさえありました。
けれど、あるとき、自分の中の優先順位というものを考えるきっかけがあって、育児を最優先に考えたいと思えたのです。
迷いがなかったと言えば、嘘になります。
そんなにハッキリ決めるべきことだろか?とも思いました。
でも、今振り返って、あのとき、自分の中で明確にすることができて良かったと思います。
そして、そう決めたと同時に気づかされました。
私の場合は、仕事や学びや家事を、育児からの逃避に使ってしまっていたということに。
逃避が悪いというわけじゃないんです。時には逃げることが必要だとすら思います。
むしろ、限界になったら、逃げ道を探せば良い。
そう思えていたから、もっと子育てに向き合おうという覚悟ができたのかもしれません。
私が、今は、子育て優先でいこうと思った理由は、
やりたいこと、やるべきな気がすることの中で、子育てが、最も「今しかなく」「私しかいない」ことだと思ったからです。
ただし、これは、全てを捨てて、育児に専念しようなんて話ではありませんし、それが正解ということでもありません。
あくまで、私が「楽」に「楽しく」子育てをする上での転機となった話であり、私自身も他のこと全てを諦めたわけではないことは、書き添えておきます。
そうして、まず、子育てありきで考えるようになったら、急に、息子との時間の流れが穏やかなものに変わりました。
それは、仕事や家事、自分の成長のための学びにかけていた時間を減らしたがゆえの、気持ちのゆとりでした。
特に嬉しかった変化は、息子との寝かしつけの時間が幸せな時間に変わったことでした。
それまでの私は、息子が寝るまでの間、洗い物しなきゃとか、ブログ書かなきゃとか、息子が寝たらやることばかり考えていたのです。
やりたいことが山積みで、だから、息子とのその時間は「早く寝てくれ~」と念じる時間でしか、ありませんでした。
でも、それを、寝かしつけ後にやるべきことは、「絶対やらなければいけないこと」だけに絞る(最低限それだけはやると決める)ことにして、寝かしつけ中は、寝かしつけに集中するようにしたのです。
明日できることは、今夜やらなくてもOK!! そして、そんな自分を責めない!!(←コレが大事です)の精神。
寝かしつけの時間は、これは今でも続けていることなのですが、大事な存在だということが息子に伝わるように、なるべく言葉にすることを心掛け、息子といっぱいスキンシップをとって、色んな話するようにしています。
喧嘩しちゃったり、イライラしてしまったなぁと反省点のある日は、そのときに改めて謝ります。
そうやって1日の終わりに、今、目の前にある幸せを笑顔で感じられる時間は、私にとっても、とても素敵な時間になりました。
四六時中、全力で子供と向き合うなんて、考えただけでもしんどすぎますが、せめて寝かしつけの間だけでも、穏やかな気持ちでお子さんと向き合ってみませんか?
3.脱出してみる
以前は、毎日恒例のイヤイヤが始まると同時に、うんざりとイライラが発動してしまっていた私。
でも、そのうち、本当に「イヤイヤ期」とはよく言ったもので、毎日毎日、やることなすこと全て「イヤ」なんじゃないかと思うようなこの時期を過ごすにあたり、
そのたびにイライラと反応していたら、こっちの身が持たないなと悟りました。
だって、イライラしたり、怒鳴ったりって、すっごく疲れるんですよね。心身ともに消耗してしまう感じ。
だから、そういうのに、いちいち反応しない余裕が欲しかったんです。
そこにも、家事とかやるべきことへの諦めが一役買ってくれました。
何か他のことをしようとするから、イヤイヤがますます許せなくなったりするんですよね。
(まぁ、そうは言っても、お出かけ前で時間に追われてたり、周囲の目がある電車の中とかだと、そんな余裕もないんですけど。)
それでも、多少自分に余裕がある家にいるときなどは、イヤイヤに巻き込まれないことを意識して過ごすようになりました。
それは無視するのとは、ちょっと違っていて、ちゃんと見てはいるんですけど、一歩ひいて見るという感じ。
3-1.ゲーム感覚で
例えば、いつものイヤイヤが始まったら、何で気をそらすことができるかを探り当てるというのを、ちょっとゲーム感覚で楽しんだりしていました。
どこにこのイヤイヤ・グズグズからの脱出スイッチがあるのかなぁというところに、意識を向けるのです。
オモチャかもしれないし、お菓子かもしれないし、変顔かもしれないし、ギュッと抱きしめることかもしれません。
ちなみに私の秘策として、効果があったのは、「子供:愚図る」→「私:イライラする」のいつもの流れを断ち切って、
「子供:愚図る」→「私:抱きしめて「大好き♪」って言ってみる」ことでした。
それが息子にとって、どうやら想定外だったらしくて、驚いた顔で泣き止んだんですよね。
(実は、この秘策は、デール・カーネギーという人の『人を動かす』という世界的にも有名な本の内容を、子育てに応用してみたんです!!)
いつもいつもは使える方法ではないかもしれませんが、子供が愚図って泣いてしまって、自分自身もどうしようもないようなタイミングだからこそ、
大事に想っている気持ち、お子さんへの愛を伝えて抱きしめる。
それが、子供の安心感を生んでくれるのかもしれません。
毎日のグズグズ・イヤイヤに嫌気がさしているときこそ、
こんな風に、脱出スイッチ探しゲームだと思って、真に受けずに、ちょっとふざけてみるのもオススメですよ^^
3-2.動画撮影で
それから、自分が煮詰まってしまったときには、あえての動画撮影!!
これは以前にもご紹介したことがあるのですが、イヤイヤ絶頂期の当時撮影した動画というのは、数年たった今、可愛くて笑えます。
「ここはオウチなの!!」と訳のわからないことを言いながら、涙を流しつつ、アスファルトに寝そべっている姿とか。
ギャンギャン泣いているくせに、一生懸命、指でピースサインを作ろうとしている姿とか。
この動画を撮ることのメリットは、記録ということもありますが、実は、この「イヤイヤ」の嵐の中に巻き込まれずにいられることだと思います。
撮影という目的があることで、そこに自分の感情が巻き込まれることなく、一歩引いて見ることができるのだと思います。
3-3.パターンを崩す
普段の対応、「子供:愚図る」→「あなた:イライラして怒鳴る」→「子供:ますます大泣き」
みたいなパターンが、もし、いつもあなたを苦しめているパターンだとしたら、
あなたがこの状況から脱出するために、今までとは違うパターンを試してみるということを強くオススメします。
子供の愚図りの中に取り込まれ、一緒に荒れ狂ったり、その中で真っ向勝負を挑もうとするのではなく、
あえて一歩そこから離れて、「あー、またすっごい泣いてるな~。こんなに泣いて疲れないのかな~。」なんて、冷静にその状況を見つめてみると、意外とその一生懸命泣いている姿も可愛く見えてきたりします。
まさに経験者は語る!!ですけど、子供と一緒に荒れ狂うのって、本当に疲れると思います。
だから、あえて、いつものパターン崩しというのにチャレンジしてみませんか?
さて、今日ご紹介させていただいたのは、あくまで、私の中での「楽しさ」ということですが、
これをヒントに、何か、あなたらしい「楽しさ」を、子育ての中にも見出していただけたら嬉しいです。
最後までお読みいただいて、ありがとうございました。