「苦しんだ分、これだけの作品ができたからいいけど、これで情けない作品だったら、一体なんのための苦しみかって考えちゃうよね」

1993年にリリースされた5枚目のアルバム「Memories Of Blue」が完成した2日後のインタビューで、そう語った氷室京介氏。
今回は、このアルバムを特集したファンクラブ会報誌『KING SWING No.16』の言葉を借りながら、心を込めて書かせていただきたいと思います。

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「Memories Of Blue」を手掛けたニール・ドーフスマン氏

(氷室京介「Memories Of Blue」より)

「Memories Of Blue」は、「KISS ME」を含む10曲からなるアルバムです。
氷室氏の強い希望によって、ニューヨークに住むニール・ドーフスマン氏(数多くのミリオンセラーアルバムのエンジニアで、プロデューサー)がミックス・ダウンを手掛けました。ミックス・ダウンとは曲中のそれぞれの楽器の音量調整や音質調整などを行うことで、アーティストが望む「曲」に近づける、もしくはそれ以上のものにしていく、というとても繊細な仕事です。

「Memories Of Blue」のミックス・ダウンが全て終了した2日後に行われたインタビュー。
そこには、当時のニール・ドーフスマン氏の仕事に対する考え方が表れています。
20年以上経つ今も、基本的な姿勢はあまり変わらないのではないか?と感じる言葉でした。そして何より、氷室氏との信頼関係を築き続けたことも深く理解できるように感じられました。

以下に、インタビュー記事の一部を抜粋して掲載させていただきます。

インタビュアーの「素晴らしい作品を作るためには、素晴らしいアーティストと楽曲が必要だというのは当たり前のことだと思いますが、エンジニアやプロデューサーとの相性はどうなのでしょう?」

という問いかけに対し、ニール・ドーフスマン氏は

「それはもちろん重要な要素ですよ。どんなに良いアーティストでも自分に合わないプロデューサーやエンジニアとでは優れた作品は作れないでしょうね。ただし、ここでいう良いプロデューサーやエンジニアというのは、テクニックのことだけを指している訳ではないのです。性格的な相性、経験等、全てを含めてということです。1日に10数時間、それも何ヶ月間も一つの部屋の中で一緒に仕事を続ける訳ですから(中略)心から信じられる人と組むべきだし、合わないのに我慢してやり続けてもそんなのは時間とお金の無駄ですよ」

と答えています。

ニール・ドーフスマン氏はのちに、氷室氏のレコーディングエンジニアとしても関わっていく人物で、アーティスト氷室京介が求める「音」を追求し続けた存在です。

2016年に行われたLAST GIGSのステージで、彼との曲作りのエピソードを語ってくれた氷室氏の姿が思い浮かびました。
プロ同士の、時に激しいせめぎ合いが、聴く人の心を動かす作品を生み出していく。そうやって、わたし達の心にずっと響き続ける音楽を生み出している、ということを聞かせてもらったことを覚えています。
仕事をしていく上で求められるのはテクニックだけではなく、信頼し合えてリスペクトし合える関係性。
心を動かす作品には、そういう背景がある。その背景は見えないけれど、伝わってくるもので、人はそういうものに共鳴するのでしょう。
氷室氏の音楽を聴いていると、心のずっと奥の方まで届くものを感じます。
それは、作品に込められたピュアな精神、魂そのものなのかも知れません。

「Memories Of Blue」の中の名曲「WILL」

アルバム「Memories Of Blue」の中に「WILL」という曲があります。
「WILL」は、作詞家の松井五郎氏と氷室氏が共作した歌詞。
今回のレコーディング中、そして今まで生きてきた時間の中で、彼が感じたことが凝縮されている歌詞だと語っていた氷室氏。

「あの歌はもう俺の音楽そのもの。全てだよね。ソロになった時、これからは本当に自分から出てきた言葉だけ書いていこうと思ったんだ。見せ掛けだけのものは書きたくない、痛みを伴わないようなものは書きたくないって」

この言葉に集約されているように「WILL」の歌詞とメロディーから、人生のなんとも言えない切なさと痛みを感じるのです。

「WILL」

日常のふとしたきっかけに、「自分の人生」を思うことはないでしょうか。
このままの道で良いのだろうかと迷うことは、きっと誰もがあることでしょう。
「自分の生き方」「自分の人生」そう言葉にすると、なんだかとても特別なもののように感じられて、その言葉に立ち向かうための勇気さえ必要な気持ちになってきます。
生きるということは、時に孤独が伴います。だからこそ、それを受け入れながら、「どの道を行こうか?」と問いかけながら歩んでいくのでしょう。
どんなに過去を嘆いても、どんなに過去が輝いていても、これから歩んでいく道は今と未来しかない。痛みを感じながら、それでも前に進んでいく。その意志さえあれば、きっと新しい明日を始めることができるのでしょう。
そうして、人は優しく変わっていくことができるのでしょう。

「WILL」の歌詞から、そういう力強さを感じることができます。
以下に、歌詞の一部を掲載いたしますので、その世界を感じていただけますと嬉しいです。

やせた魂の痛みと軋みのなかで いったいどこまで転がればいいのか
優しさに飢えてる心を抱きしめたまま 過去の瓦礫に消えてしまいたいくない

人はひとつ優しく変わろうとするたびに いくつもの新しい痛み覚えるけど
なにもかも許せる力を握りしめて 明日のはじまり この瞳で見つめたい

読んでくださって本当にありがとうございました。

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