羊と鋼の森
2016年本屋大賞にも選ばれた宮下奈都さんの作品が映画化されました。
個性豊かな調律師さんの魅力はモチロン、ピアノを弾くこの双子の姉妹もこの作品に欠かせない存在です。
山崎賢人さん演じる主人公外村の成長にも大きく関わっていく双子の姉妹です。
また調律師さんの仕事ぶりはあまり詳しく知られていないのとは反対に、ピアノを弾く方はたくさんいるでしょうから、この双子の姉妹に感情移入される方は多かったのではないでしょうか?
今回はこの双子の姉妹に焦点をあてて、素敵な名言をお届けしたいと思います。
「ピアニストになりたい」
「プロを目指すってことだよね」
「目指す」
「ピアノで食べていける人なんてひと握りの人だけよ」奥さんが早口で言った。言ったそばから、自分の言葉など聞き流してほしいと思っているのがじんじん伝わってきた。ひと握りの人だけだからあきらめろだなんて、言ってはいけない。
だけど、言わずにはいられない。そういう声だった。(『羊と鋼の森』文庫193ページより引用)
幼い頃からピアノを弾く双子の姉妹。
顔はそっくりなのに、性格もピアノも全く違う二人。
おとなしく、繊細な音色の努力型の姉の和音に対し、天真爛漫で明るい音色の妹の由仁。
コンクール本番などもいつも魅了するのは妹の由仁の方でした。
そんな由仁がピアノが弾けなくなり、落ち込んでいた和音がピアニストになると決心する場面のやりとりです。
切磋琢磨して高め合える身近な存在でもありながら、ライバルでもあった二人。
どんなに練習しても努力しても、いつも由仁の方が本番力を発揮し評価が高い。
『音楽で食べていけない』
『プロになれる人なんて少しだけ』
『とても厳しい世界なんだ』
はぁぁぁ…
とため息が出る場面です。
もうこれ、小さい頃から周りがやいのやいのと本人に言うんですって!
そんなのわかってるわぁぁぁ!!!
と和音の心の声が聞こえてきそうな、いえ、私にはしっかりと聞こえてきました(笑)
小さい頃から強力なライバルが隣にいたのです。
明るいリズミカルな自分に出せない音をいつも聴いて、落ち込まない訳がない(笑)
自分には自分の良さがあるのに、それでも自分にない音を持つ人が羨ましい。
コンクールに出れば、上には上がいることをさらに知ることになります。
ましてやスポーツのようにタイムや得点のように誰が見ても明らかな世界ではないのです。
場所、審査員、順番それが変わるだけで評価も変わりますし、点数を見たところで実に曖昧な世界なのです。
そんなことを経験している和音なのですから、人にとやかく言われなくても本人が誰よりも厳しさなんて分かっているのです!
それでもお母さんが言わずにはいられなかったのは、誰よりも応援しつつも、それでも厳しい世界。本気なのか覚悟を確かめているだと思うのです。
その後の和音の言葉。
「ピアノで食べていこうなんて思ってない」
「ピアノを食べて生きていくんだよ」
(『羊と鋼の森』文庫193ページより引用)
よくぞ言った!!!!!(笑)
とばかりにもう大拍手の私(笑)
この場面の和音の存在感といったらもう!!!
普段穏やかなおとなしい和音の印象と違い、力強い言葉、態度が本だけでも感じられ、さらに映画でも裏切られない場面となっていました。
私が一番感情移入した場面であります(笑)
その後の和音の変貌ぶりに、覚悟を持った人の強さ、自信、それが音にそのまま表れていました。
和音が本来持ってる良さである粒のそろった繊細さに、ドラマチックなダイナミックさが
加わり気迫も感じられとても印象に残る場面です。
「私、やっぱりピアノをあきらめたくないです」
あきらめる。あきらめない。
それは、どちらか選べるものなのか。
選ぶのではなく、選ばれてしまうものなのではないか。「調律師になりたいです」
ピアノをあきらめることなんて、ないんじゃないか。森の入り口はどこにでもある。森の歩き方も、たぶんいくつもある。(『羊と鋼の森』文庫201ページより引用)
ピアニストを目指していくことを決めた和音に対して、ピアノが弾けなくなった由仁が選んだ調律師を目指す道。
『森の入り口はどこにでもある。歩き方もいくつもある』という表現が私にはとても心に響きました。
ピアノ一つをとっても弾く人だけではないのです。
今回のように調律師さんがいて、教えて下さる先生がいて。
別々の道のようですが、同じ道なのだと。
音楽を作りあげていくということで同じ道を歩いているのだと。
音楽を作りあげていくうえで、入り口は一つではなく、様々な方法があるんだよって学校の授業で取り上げてほしいなぁなんて思ってしまいました(笑)
「ピアノを弾く人ならみんなわかっていると思います。ひとりなんです。弾きはじめたら、結局はひとりなんです」
(『羊と鋼の森』文庫202ページより引用)
これは本当にその通りです。
ステージに上がってしまえば誰かが助けてくれるわけではありません。
暗譜が吹っ飛ぼうが、弾き間違えて失敗しようが全部ひとりです。
今までじゅうぶんにそんな経験を味わってきた和音ですが、改めてこの言葉を言うことに、ここにも覚悟や力強さを感じたところでもありました。
その後の由仁の言葉
『だから、そのひとりを全力で私たちが支えるんです』
由仁自身が、弾くときはいつもひとりという経験をしているからこそ、その気持ちがよくわかるからこそ、和音のピアノの調律がいつかできたらいいなと願う気持ちがとても伝わってきます。
私たちはステージ上の煌びやかなピアニストさんに釘付けになってしまいます。
どんな舞台も影で支えて下さる方がいて華やかな舞台は成り立っています。
いい音を届けようとする気持ちは、ピアニストも調律師も同じで、貪欲に求める姿も重なります。
羊と鋼の森で調律師の仕事を知るきっかけになる方もいることでしょう。
調律師の仕事、ピアノを通して、それぞれの生き方が言葉で、そして音で表された素敵な作品でした。
『言葉で伝えきれないなら音(ピアノ)で表せるようになればいい』
個性豊かな登場人物たちをそれぞれ取り上げましたが、この言葉に見事に凝縮されているのではないでしょうか。
お読みいただきありがとうございました